グラブル 5周年 ルーレット

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ポンメルンの後備兵たちはこれに怯まず、幾度かに分けて果敢に要塞前まで突進したものの、激しい銃砲撃は止まずに止むを得ず後退し、結局は要塞を垣間見ることが出来るヴィルヌーヴ(=サン=ジェルマン

ソアソンの東2.4キロ)の南郊外500mにある丘とサン=ジュヌヴィエーヴ城館の高地北麓に沿って走る鉄道堤を占拠して拠点とするのでした

 砲兵を連れていないステュルプナーゲル中佐は、これ以上の無理はせず、ヴィルヌーヴの丘と鉄道堤を押さえたフランクフルト・アン・オーデル後備大隊に命じてエーヌとクリーズ川との間に前哨を配置させ、要塞が撃ち出す榴弾が唸りを上げて落下する中、工兵は剥き出しの前哨のために徹夜で掩蔽壕を掘削するのでした

また、ヴァルデンブルク後備大隊はサン=ジュヌヴィエーヴ城館とその周辺を警戒し、部隊の残り(ランツベルク・アム・ヴェルテ後備大隊と竜騎兵第17「メクレンブルク第1」連隊の第2中隊)はビリー(=シュル=エーヌ

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ソアソンの南東5キロ)とヴニゼルに宿営しました

 この後、支隊はこの配置を動かさずに要塞を監視しますが、ステュルプナーゲル中佐はソアソン西側にも包囲拠点を得るべく歩兵1個中隊に竜騎兵数騎を付けて翌25日にヴォクビヤン部落を占領させ、別の1個中隊を26日、メルサン(=エ=ヴォー

ソアソンの西3.5キロ)へ送り本隊到着を待ちました

 工兵は時折狙って榴弾砲撃を行う要塞重砲に気を付けながら、昼間は前哨陣地の防御物を構築し、夜になると増援として到着した第10軍団(野戦砲兵第10連隊)の予備軽砲第1中隊のためにサン=ジュヌヴィエーヴの高地上に肩墻を設けて砲台を作りました

 26日の午後には要塞から出撃した仏軍が、ヴィルヌーヴの丘近くの普軍前哨線を襲いましたが、これはこの日前線勤務に就いていたランツベルク後備大隊が冷静に対処して撃退し、ランツベルク大隊は遁走する仏守備兵を要塞の南西側まで追撃して要塞へ追い返します

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以降、要塞の仏守備隊は斥候偵察や小規模の攻撃を企てるだけとなりました

 この間、普大本営はトゥール要塞攻略後に待機していた攻城砲をランス総督府の管轄下へ移し、同時にフォン・ゼルホーフ少将が「ソアソン攻囲兵団」の司令官に任命されました(10月1日)

 ゼルホーフ将軍は後備第2師団のほぼ全力を掌握すると、準備の出来た部隊から順次ソアソンに向け前進させました

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 ゼルホーフ 攻囲兵団は1週間ほどで包囲網を整えます

 到着した攻囲兵団本隊からは、ブランデンブルク後備大隊の2個中隊が重騎兵ライター第1連隊の1個中隊を帯同して10月3日、エーヌを渡河して右岸(概ね北側)に進み、要塞の北側に陣地を構築しようとしました

ところが、午後に入って要塞の突出部、サン=ヴァースト地区から大隊規模の歩兵が出撃して攻撃され、普軍部隊はクルイ部落(ソアソンの北東3.5キロ)の東側まで追いやられてしまいます

しかし翌4日には再び前進してクルイの南西側へ進出し、外部からサン=ヴァーストへの交通を遮断しました

 10月6日には要塞包囲網が完成します

 この包囲網の概要は、歩兵3個大隊と騎兵1個中隊からなる「左岸守備隊」は、クルーズ川とエーヌ川の要塞下流域(概ね西側)を担当し、包囲当初から配置に付く前衛支隊による「右岸守備隊」はその位置を変えないまま、10月10日に本隊より歩兵2個中隊、砲兵1個小隊(2門)の増員を得ました

 エーヌ沿岸のポミエ(ソアソンの西北西4キロ)付近には、普第17師団から応援に駆け付けた第9軍団野戦工兵第1中隊が帯同する野戦軽架橋縦列により舟橋が設けられ、「左岸守備隊」と増援が加わった「右岸守備隊」との連絡を通しました