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 オーソンヌの要塞司令は度々守備隊を出撃させ、ドール~グレー間の独後方連絡線を脅かしていましたが、2月第一週にもパントル(オーソンヌの東7キロ)とフラーヌ=レ=ムリエール(パントルの北東2キロ)に遊撃隊を送り込んでいたのです

これを知ったフォン・マントイフェル将軍はドール~グレー間を知悉するフリードリヒ・アウグスト・ベルンハルト・フォン・デム・クネセベック大佐に対し「ワイヘルン将軍の派遣した包囲諸隊に協力しオーソンヌ周辺に出没する敵を駆逐せよ」と命じました

※2月6日の対オーソンヌ諸隊◇包囲隊指揮官 ヴィルヘルム・エデュアルト・クラウス中佐(Ba第3連隊長)○Ba第3連隊・第2、F大隊○Ba竜騎兵第1「親衛」連隊・第5中隊○Ba砲兵連隊・重砲第2中隊◇攻撃隊○第72「チューリンゲン第4」連隊・F大隊○野砲兵第2連隊・軽砲第2中隊の1個小隊(2門) クネセベック大佐は6日、スールから出撃しオーソンヌ周辺で索敵を行いましたが仏兵は既に要塞地区に逃げ込んでおり、戦闘は発生しませんでした

 ワイヘルン将軍麾下はこの日アルネ=ル=デュック(プイイ=アン=オオワの南南西15.5キロ)とスミュール=アン=ノーソワ(プレシー=ス=ティルの北11.7キロ)も占領し、これら前線部隊はボーヌからディジョンを経てニュイ(=シュル=アルマンソン)に続く後方連絡線を守る兵站守備隊と連絡を取り合い、コート=ドール県の占領地維持を確実とするのです

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 この6日、マントイフェル将軍は本営をポリニーへ進めました

☆ 2月7日 この日

独南軍はドゥー、ジュラ、コート=ドールの休戦範囲外三県を完全制圧したとして、全域これを独占領地と宣言しました

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 これ以降マントイフェル将軍は駐留軍となる南軍将兵のための宿営駐屯地の整備拡張・充実に乗り出し、宿営地域の範囲拡大や糧食・物資の徴発区域拡張を諸団隊に許可するのです

同時に将兵の気の緩みを警戒し「完全なる戦闘準備を整えたまま、未だ仏軍が降伏せず対峙する地域(ブザンソンやサラン=レ=バンなど)では必要な警戒包囲態勢を構築するよう」命じるのでした

 同日、独南軍本営は各軍団の担当地域の割り当てを発表し、結果第2軍団はジュラ県(ドール、シャンパニョル、ロン=ル=ソニエ)、第7軍団はコート=ドール県(ディジョン、ボーヌ、モンバール)、第14軍団はドゥー県(ブザンソン、ポンタルリエ、モンベリアール)が占領担当地域となりました

フォン・デア・ゴルツ将軍の兵団は編成を変えてBa第1旅団と元々フォン・ヴィリゼン大佐が率いていたBa騎兵旅団(Ba竜騎兵第1連隊、同第2連隊、Ba騎砲兵中隊)とし、変わらず軍の総予備としてドールに集合し駐屯することとなります

フォン・デア・ゴルツ将軍はこの地にて第2と第7軍団の連絡を受け持ち、同時にオーソンヌとサラン=レ=バンの警戒監視を行うという重責を担うことになりました

また、フォン・ヴェルダー将軍の第14軍団はブザンソンの警戒と最後に残った休戦除外地域のベルフォール攻囲を続行しスイス国境にも目を配るためポンタルリエにも相応な守備隊を置くことなったのでした

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 軍本営はこの日モン=ス=ヴォドレへ進みました

赤十字による仏軍傷病兵の輸送☆ 2月8日から14日 ドゥー、ジュラ、コート=ドール三県への南軍展開は2月10日までに実施されます

但し、ハン・フォン・ワイヘルン将軍の臨時集成兵団が解散し原隊に復帰するのには時間が掛かったため、第7軍団がワイヘルン将軍と交代してコート=ドール県に展開を終えたのは12から13日となっています

 実はマントイフェル将軍は2月6日にベルサイユ独大本営からラングル要塞包囲も命じられていました

これは休戦地域に指定されたにも関わらずこれを認めず、未だ独軍占領地に遊撃隊を出撃させ続ける要塞に対して実力行使に出るための準備命令でした